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2012年1月28日 (土)

杞憂


山手線のったら、観光客が電子版に表示された他線の遅延情報をみて何やら興奮している。


どうやら遅延原因にある『地震earthquake』の文字に盛り上がったみたいだ。


まるで日本にしかないアトラクションにこれから乗るのかと思うほど…


難しいことはわからないけれど


日本は地震が多い国で、木造の寺院や塔にも免震技術が施されているそうだけれど


そんな国だと、昔からわかっているのに


何故?と思う選択に狼狽させられる。

いま一番焦点が当たっているであろう、原子力もそう。


構造もそこまで地震に関わってこなかった国のものをほぼそのまま使っていたり


ジャッジする人間の何を考えてるのかいまいちわからない現状が多すぎる。

一般からの考えでもっても、そりゃないでしょ?みたいなこと平気でやる。


我々には知らされていない裏が何かあると考えないかぎり、相当判断力がない出来ない子の舵取りだ。


そりゃ勿論、国策、外交、経済もろもろ含めた決定であるにしても、何を国民の人間としての幸せになっていくのか、きちんと考えて国を引っ張る立場についているのか疑問を感じざるを得ない。


当然、国の要職についていれば、みなさん賢明で人道的にも優れているというのはきっと幻想であって


国民の我々がほったらかしてきた責任もあれど


こうなってきたからには、一人一人の意識改革というものは必要なんだって思う。


観光客のアクションからふれづらい話題になってきたけれど


もっと我々は色々知る必要がある。

2012年1月25日 (水)

ただ別の道を歩み変えるだけ…


同じ世界を歩んできた友人が

これから別の道に進むことになった。

切磋琢磨してきた友でもあり、良きライバルでもあった。


そんな友の突然の新たな門出


10年近く、同じ楽しみや辛さを乗り越えてきた仲間の旅立ち。


寂しいけれど、悲しいことではない。


もっと幸せになれる場所があるのかもしれない


帰ってきたくなればまた戻ってくればいい。


頭ではそう思えても、言葉にならない感情が身体を駆け巡る。

いつかばっちり共演しようと約束した日から何年か経った冬の午後の出来事だった。

2012年1月17日 (火)

夢である由縁


夢を見ているとき


夢は夢の中では現実である。


夢をみていて


『あ、これは夢だからなぁ…』


だなんてなかなか思えない。


現実が辛いとき、夢に助けられることがある。


現実から逃避したいとき、夢が救ってくれることがある。


将来の有りたい姿を『夢』と呼び、未来に希望を持てるように


寝てみる『夢』も『夢』と呼ばれていることに、どこか納得がいく…


夢はどうしてみるのか?まだ謎な部分が多いと聞いた。


そんなところも『夢』というものらしいというか…


なぜ『夢』について書いたか


もう少ししたらわかります。

2012年1月14日 (土)

ウーボ

ウーボ


Uove

イタリア語で『卵』

(何故イタリア語(笑)?)

われわれの劇団の名前です。

4月末に仲間達と舞台作ります。

詳細は追って…


ちょいとこれまでにないテイストにしてゆきたいなぁ

お楽しみに:)

みんな、ありがとう

みんな、ありがとう

誕生日会っていくつになっても嬉しいもんだね。


サプライズパーティーでも、なんとなく誕生日周辺に友達に誘われるとわかるんだけど


祝ってもらえる仲間たちが自分にいることを改めて認識できる幸せ…


それが何よりのプレゼントなんだろうな。

2012年1月 9日 (月)

ロケーションハンティング

ロケーションハンティング

いい天気の中、ロケーションハンティング


気持ちのよい冬の青空

2012年1月 7日 (土)

解し放つ


生い立ち、日常生活、育ってきた環境


自分を形成してきた、そういったもので凝り固まってしまった身体、頭、感情…

それは個性として受け止めつつ


一度、ほぐして解放するイメージを持ってみたいと感じた。

2012年1月 5日 (木)

THIRTY FOUR


本日、34歳の誕生日をむかえました。

沢山のメッセージありがとう!

改めて当たり前なことを考えました。


「ただ、いまここに存在できていること、それだけで素晴らしくかけがえのないこと」


だと。

産まれてきて、やがて

「お金持ちになりたい。」

「他の人より偉く有名になりたい。」

だとか、色々な望みを胸にするけれど

ただ

「自分がここにいれる」


ということが、家族や友人たちに祝福されていると改めて感じさせられた…


みんな、それぞれこの世界に生を授かって生まれてきた、ただそれだけで、辛いこと、思い通りにならないこともあるけど、一人一人がみんな大切な登場人物で欠けてはいけないんだと…


すべての人たちとは出会えないけれど、せっかく知り合えた自分の周りのみんなには支えてもらってゆきながらも、逆に自分が小さいながらもいつもそばにいてあげられる人間でありたいと思い直した朝でした。


34年前、小雪がちらつく寒い朝に産まれた…自分という存在


両親、そしていまは亡き祖父母、世代を超えたリレーのもとに自分は今、ここにいる。


命のバトンを途絶えさすことなく、繋ぎ続けていくという根源的な使命を見失わず全うしてゆこうと改めて刻みました。

34歳になった是近を今後とも皆さん宜しくお願いします。

2012年1月 4日 (水)

あけました

あけました

新年明けましておめでとうございます。


ということで


何か気のきいたことでも書こうかと思っていましたが

案外、改めて仕切り直したり、気合い入れ直すというより


やることをやる、というスタイルを再認識するぐらいのものしかみつからず…


その「やること」が年々変わりながら、クオリティをと言うべきか?あげてゆくことを今年も続けようと。


「新しい試み」、というものも今年は意識してゆきたいキーワード。


どうなってゆくか、展開が見えづらいモノに敢えて取り組み、その後に何につながってゆくかを楽しみたい想いから来てるみたいです。


今年も色々ある年にしてゆきます。


みなさんどうぞ宜しくお願いいたします。

2011年12月31日 (土)